はい、こんばんは。はるかです。
これは、幸腹グラフティで登場する架空のお話しです。
私の小説としては、初めて登場人物が男性のみという作品になりました。
ということで、よみきり小説です。
お楽しみくださいませませ(﹡ˆᴗˆ﹡)
---------------
オムライスを求めて三千里 作:鈴木はるか
毎日毎日同じ事の繰り返し。
資料整理、企画、報告。仕事ってなんでこんなにつまらないのだろう。
僕が会社員に向いていないのか、会社が僕を歓迎していないのか、
どっちなんだろう。
もう、そんなことなんてどうでもよくなってしまう。
学生時代、社会人として働くという行為は、
もの凄く崇高な物だと考えていた。
バイトをしている最中も「バイトだから」と勝手に敷居を作り
社会人との差別化をしていた。
だが、実際社会人になってみると、働いてお金をもらう行為に
違いなどあるはずが無かった。
何はともあれ、会社が働いた分だけ自動的にお金をくれるのは
ありがたい話である。考えただけでも悍しいが、自営というものは
想像もできないほど大変だろうと思う。
経営者はきっと、人間自体も良くできた人なのだろうと尊敬する。
気がついたら、頭の中は会社や今の生活に対しての不満で埋まっている。
もっと人生を楽しめたらいいのにと思う。
入社して10年も経てば中堅と言われるらしいけど、
僕には目立った才能も無い。他人を引きつける魅力も無い。
このまま給料だけもらって、穏便に生活したい。
「鈴木君、ちょっといいか」
「はい課長、なんでしょうか?」
ああ、面倒くさい。正直、この課長は好きじゃ無い。
以前読んだ心理学の本では、自分が嫌いな相手は、
相手も嫌っていると書いてあった。きっと、課長は僕の事を
嫌いなんだろうな。
「鈴木君、非常に重大な問題が発生した。すぐ会議室に来るように」
「あ、はい、分かりました」
なんだろう。あの課長が、珍しく慌てている。
いつもは、放任なんだか関心が無いのか分からない人なのに。
僕は、木製の重たいドアをノックして会議室にはいった。
中には、コンサル会社とおぼしき人物が2名と課長がいる。
3人は、平たい机に向かい合わせに座って、お茶を飲んでいるが
辺りは、重苦しい空気に包まれていた。
「私、ネットワークコンサルタントの橋本といいます」
ネットワーク屋が何しに来たんだろう。定型的な挨拶が終わり
2対2の会議となった。課長は頭を抱えている。
まず、無言の均衡を破ったはのは課長だ。
「鈴木君、大変な事になった。情報漏洩という奴だ。
顧客情報が外部に流出した」
顧客情報の漏洩?言っていることは理解できるが、
セキュリティ施策はちゃんとしているし、何かのミスをしない限り
簡単に漏洩などすることはない。
「まず事実と経緯を教えて下さい」
僕は、課長とコンサルタントに経緯など聞いた。
コンサル会社は、ここぞとばかりに社内の問題点を指摘した。
何事も、人に文句を言うのは楽しいに違いない。
顔はまじめだったが、内心喜んでいるかのような口調である。
しかしよく聞くと、ネットワークのファイヤーウォールや
サーバの設定など何一つとして問題は見つかっていない。
社内の何者かがウイルスを持ち込んでパソコンに感染、
その後ウイルスはサーバーのデータを自動収集して
外部に送信したという流れらしい。
社内の規定では、USB禁止で抑制ソフトも標準実装なのに、
一体どこからウィルスが侵入したのだろう。
あ、ひとつあるか。考えられるのは、メールくらいだな。
メール?そういえば数日前、ウイルスゲートウェイ(怪しいメールを
事前にブロックするシステム)をすり抜けて、
スパムメールが来たのを覚えている。
僕は、実行形式ファイルだったので普通に開封もせずゴミ箱に捨てたの
だが、あれをだれかが実行してしまったのか?
「侵入経路はメールですか?」
僕は、冷静に質問してみた。コンサルはすぐに答えた。
「はい、そのルートが濃厚です。既に5名が受信したのを確認しています」
ご、5人?異様な少なさに驚いた。ま、まさか、この部署に標的型なのか?
「5名って少ないですね。もしかして標的型?」
このとき、コンサルタントは課長をジロリと見て、再び僕の方をみた。
そして、コンサルタントは口を開いた。
「これだけの情報で、お詳しいですね。結論から申し上げますと、
鈴木さんのPCからウイルスが発見されました」
コンサルタントから発せられたこの言葉に、
身の毛の弥立つような恐怖感が襲った。
人間が突拍子のない事態に遭遇すると、固まってしまうというのを
聞いたことがあるが、まさにその通りだ。身体は全く動かない。
なに?なんて言った?
僕のPCからウイルス?
なんでそんなことに。
何でそうなったのか、ゆっくりと頭の中で記憶をさかのぼっていった。
でも、先日のスパムメールは開封もしてないし、思い当たることは
何一つない。
「ど、どうして僕が・・・」
「調査の結果、鈴木君が原因ということは確実なんだが」
課長は、何を言っているの?こういうときに弁解もしてくれないの?
何かしらの証拠があるのでこう言っているのだろう。
しかし、こういうときに課長というのは部下を
守ってくれるものじゃないのか。
いや、そんなのは甘えているだけだ、悪いのはきっと僕だ。
もうどうでも良くなった。
その後コンサル会社が会議室から退室し、課長と二人になった。
この静寂な雰囲気から開口したのは、課長からだ。
「鈴木君、私は部門長に今回の件をそのまま報告する。
このあとの処遇は、君なら分かるね?」
「はい、クビですよね」
「君のクビなんかどうでもいい、私はどうなるんだ、
君の課長だぞ、私の責任は免れない」
どうやら、オオカミが牙をむいた。ことの重大さより自分の保身か。
所詮この程度の人間だった訳だ。
ついでにカマをかけてみよう。
「課長、僕のPCの情報をみて、ウイルスがどこから感染したのか、
調べてもいいですか?」
「君はバカか、コンサル会社に来てもらって調べてもらったんだ
素人が余計なことをするな!」
僕は、課長の目が泳いでいたのを見逃さなかった。
これ以上何を言っても無駄だろう、流れに従うしか無い。
「分かりました」
僕はうつむいたまま、ぽつりと言って、
流れに刃向かわない意思を示した。
「善処はするが、期待しないでくれ」
僕は返答する言葉も無いのでそのまま
「はい」
といった。
課長は「うちの会社は一部上場企業だよ、君には系列会社に
格段の配慮をしよう」というが、格段の配慮ってなんだろうなあという
疑問しか沸かない。他人に責任をなすりつけるのを格段の配慮だという
のだろうと心の中で揶揄していた。
僕は、はっきりと「遠慮します」といって退席した。
冗談だろ。このウィルス騒ぎ、きっと僕ではないだれかが感染して
僕が責任を負わされたにちがいない。5人のうち一番セキュリティの
危機意識が無いのは課長だ。彼は実行形式があったら、そのまま実行し、
リンクがあったらそのままリンクをクリックする人物だ。こんな人が無事で
僕がウィルス感染者?少し笑えるが今となっては、どうでもいい。
僕は、会社をクビになり連日TVのニュースでは、僕が勤めていた会社が
クローズアップされている。不幸中の幸いかもしれないが、
会社から損害賠償を請求されることもなかった。
僕は、会社の寮を抜け出した。
家族や親戚は、寮しか連絡先を知らないので
きっと行方不明扱いだな。
手持ちの数万・・・。こんなので生きていけるのだろうか。
職業安定所にもいってみたが、何をしたいわけでもない僕は、
再就職先は、見つからなかった。もう、生きていても仕方ないかなんて
思うようになってしまった。
一週間も何も食べてない。動く気力もない。
このまま、苦痛なく死んでしまいたい。
僕を育ててくれた両親、母親には生んでくれてありがとうといいたい
親より先に死ぬなんて、これ以上の親不孝はないと思う。でも、もう・・・
路上に座り込んで、動かなければ
終われるかな。
「おい、にーちゃん」
遠くから声が聞こえた。
見たところ50台後半の男性で、和食調理人の格好をしている。
「にーちゃん、人の店の前で嫌がらせかい?」
僕は、ちいさな声でつぶやいた。
「僕、もう死にたい・・・」
「ばかやろ~~~!!
わけーもんが、その言葉を軽々しく出すもんじゃねえ」
僕は、目が覚めた。
「は、はいすいません」
「おめー、お腹すいてんじゃねーか?」
「はい、とっても」
「じゃ、新メニューをただでくれてやる。店にはいんな」
「僕なんかに?」
「ばかやろ~~~!!
男が自分を卑下したり女々しいことを言うんじゃじゃねえ」
「ごめんなさい」
「よっしゃ、気に入った、早く中にはいれ」
僕は言われるまま、和風の定食屋さんのような店の引き戸を
ガラガラを引いた。のれんには”お食事処 若葉”と書いていた。
僕は、席に座り手際よく調理をするオジさんに見とれていた。
ま、魔法だ。僕は小さな時にみたアニメを連想した。
「にーちゃん、感想聞かせてくれ」
テーブルの上には、黄金色に輝いた楕円形で丸みを帯びた物体に
真っ赤なケチャップがかけられていた。これは、オムライスだ。
ふわっふわで、皿の上に乗っているのに気持ち
揺れているようにも見える。芸術的と言っていいほどの出来映えで
よく楕円形を保っていると思う。
観察しているより、早く口に入れたい。
僕は「いただきます」と手を合わせ、スプーンを手に取り
中にあるであろうケチャップライスめがけて一気に掬った。
上部は、厚いとろとろの半熟卵になっていて、上から流れ出てくる。
我慢出来ず口の中入れたその瞬間、体験したことも無いような
電撃が体中を走った。
なんだこれ?
アニメ幸腹グラフィティより引用
「にーちゃん、どうなんだ?うめえか?」
いままで、もやもやしていた気持ちまで一気に吹っ飛び
からだ全体が幸せな気分になってきた。僕は一口目をずっと咀嚼しながら
この感覚を味わい続けた。
「はい・・・幸せです」
僕は、そのまま口に出していた。
「はぁ?にーちゃん何いってんだ?」
夢中で残りを食べて、周りも見えていなかった。
気がついたら、おやっさんが心配そうな顔で見ていた。
「とっても、美味しかったです。ごちそうさまでした」
と言って手を合わせた。
「そうか、どんな風に美味しかったんだ?」
おやっさんに、美味しさは伝わってないと思う。
僕は、素直に思ったとおり
「幸せになるくらい美味しかったです」
と伝えたが、やはり首をかしげている。
「まあ、落ち着いたところでアレだ、
ごちそうしてやったんだから、約束を守ってもらうぞ」
なんだろう、悪い人?
「おめー、さっき言ってたこと、もう死ぬまで絶対に
言わないと誓えるか」
さっきって、死にたいと言ったことだろう。
意識がもうろうとして出た言葉だったが、人生で初めて人に
言った気がする。思った事は何度もあったが、口に出して
言ったのは、やはりはじめてだ。
「は、はい。誓います」
「よっしゃ、いい目になったな。」
おやっさんは、お茶を出してくれて、僕に話しかけた。
「おめー、仕事は?」
「この前まで働いていたんですが、クビになりました」
「そーか、余計なことを聞いて悪かったな、
俺の知り合いは料理人しか居ないが、働く気はあるか?」
「僕なんかが、働ける場所があるんですか?」
「ばかやろ~~~!!そんなんだからクビになるんだ
男なら、もっと堂々としてろ」
おやっさんの”渇”は、何か僕に元気を与えてくれる。
おやっさんが、何か話したそうにしている。
「俺な、店たたもうとおもってんだ。でもおめーみてーな
わけーもんが、美味しいって言って食べる姿見ていると
店を軽々しくたためなくてな」
こんな美味しい物を作れる料理人が、なんで店をたたむのだろう。
どんな事情があるのか、少し興味が出てきた。
「なんで店をたたむのですか?」
「いや、ちょっと日本全国の旨い物を食って見たくてな。
若い頃は、それこそ料理を作るしか脳のない人間で、
にーちゃんみたいに料理を食べて幸せになれる?なんて思った
こたー無かったんだ。だから、全国の旨い店を放浪するのが夢なんだよ」
うわ、しっかりと自分の夢を持って、輝いているなあ
この人の料理が美味しいのが分かる気がする。
「夢は、実行しないと夢で終わりますよ」
我ながら出過ぎたことを言ったと思った。
「ばかやろ~さっきまで死にてぇとか言ってた奴に言われたくないわ」
「す、すいません」
「まあいいや、おめー、人と接するのが上手だと思うぞ。
今紹介してやるから、この店に行ってみな。
最初は料理なんてさせて貰えないと思うけど
俺の紹介なら、ちゃんと仕込んでくれるぞ」
「あ、はい」
僕は紹介状を握り、そのレストランに行ってみた。
ていめいけん・・・そのお店は、どこかで聞き覚えがあった。
そして、その場所に行ってみると、唖然とした。
ここは、超有名なオムライスの洋食屋さん・・・あのおやっさん
何者?とても信じられない。
僕はおどおどしながら、店長と面接した。
「鈴木遥といいます」
「きみか、あの人の紹介で来たというのは」
「あ、はい」
「君は、何者なんだい?」
それは、こちらの台詞だ。なんでこんな有名店を定食屋のオヤジが。
「いえ、普通の会社員をクビになった人間です・・・」
「なるほど」
なにが、なるほどなんだ。よく分からないが、
せっかくおやっさんが作ってくれたチャンスなので、
ちゃんと生かさなければと思う。
「それで、僕みたいな人でも大丈夫なんですか?」
「はい、あの人の紹介とあれば断れば殺されます」
この人何かにこやかに、ひどい言葉を言っているよ。
【5年後】
修行は辛かったけど、独立までさせてくれて、本当に
ていめいけんのオーナーには、感謝したい。
僕は、小さな洋食屋で料理長として経営を始めた。
そんなある日の事だった。
「シェフ、あれはミシュレンの調査だと思います」
僕の配下の料理人は、会計を終えて出て行った調査員を
店の外に出てからもジロジロ見ている。
「ああ、これで3回目だな」
僕は冷静に、タイヤメーカーの職員とおぼしき人物を
見ていた。すると、一度会計を終えて出て行ったのに
また店に戻ってきた。
「すいません、私はミシュレンの調査員です」
「ええ、気付いていましたよ」
「うわ、やっぱりですか?有名店でも気付かれる事は
殆ど無いのですがね・・・」
「いや~、隅々までメニューを見る姿や、注文するアルコールや
ウェイトレスを観察する姿を見ていると気付きますって」
「流石、鈴木シェフですね。厨房の中から見てたのですか?」
「もちろんです。顧客あっての商売ですから、美味しかった
美味しくなかったなどは、食べたときの顔をひとりひとり見ていますよ」
「なるほど、やはり先発2組の報告通りでした。この喫茶ユーを
一つ星としてミシュレンガイドに載せても構わないですか?」
「もちろん構いません。ですが喫茶Youはユーではなくヨウと呼びます
これは遥の音読みです」
「なるほど、それは失礼しました。鈴木シェフの名前の音読みですね」
「そうです」
「次回、写真撮影やその他の打合せをさせていただきます」
「はい、ありがとうございました」
さらに【2年後】
「おい、西野!!」
「はいシェフ、なんでしょうか?」
「おまえ、Youを守ってくれるか?」
「といいますと?」
「僕は、しばらく店を出て日本を放浪したいんだ」
「はあ」
「西野には、僕が帰ってくるまで、Youの経営者になってほしい」
「シェフ・・・いつも言うことが突拍子も無いですね」
「ははは、じゃYouを頼む」
僕は、Youを一流店にしたと自負したので、おやっさんを
探す旅に出た。なにせ、ていめいけんの創始者だったとは思わなかった。
とんでもない人だったんだ。あのおやっさん。
でもなんで、す~って切って中からあふれ出るオムライスに
しなかったのだろう。
そんな事はどうでもよく、ここまで僕を育ててくれたのは、
すべておやっさんの好意だったからだ。
もう一度こころからお礼を言いたい。
絶対に探してみせる。
「よし、おやっさんのオムライスのように
人生を幸せにしてくれる料理を探すぞ!!」
僕は、気合いを入れて全国行脚のたびにでた。
そんなある日、小さな洋食屋さんで
ていめいけんに似たオムライスを発見した。
「うわぁ、このあふれ出る半熟とろとろのオムライス、
素晴らしいです。」
僕は店長に褒め言葉を伝えた。すると店長は
「これ、60行かないくらいの初老の客のオジサンが
作り方を教えてくれたんですよ」
とニコニコしながら僕に話した。
これは、もしかして?
僕は、オムライスを一口含んでみた。
その瞬間、あのときの感覚がよみがえった。
「幸せだな。僕はオムライスを食べている時が一番幸せなんだ」
アニメ幸腹グラフィティより引用
思わず、恥ずかしい言葉をしゃべってしまった。
この店は、間違いないおやっさんの意思を伝授した店だ。
店員が僕に話しかけてきた。
「このレシピは色々な隠し技があって、あの人よく教えて
くれたなあとおもったよ」
僕は、おやっさんをよく知っているので和やかに言った。
「そうなんです。その人は最高の料理人ですよ」
僕は、おやっさんの残した軌跡をたどるのが、
とっても楽しいと思えた。
よし、絶対に探してみせるぞ。おやっさんの行ったところ
すべてを回っても
<オムライスを求めて三千里 おわり>
これは、幸腹グラフティで登場する架空のお話しです。
私の小説としては、初めて登場人物が男性のみという作品になりました。
ということで、よみきり小説です。
お楽しみくださいませませ(﹡ˆᴗˆ﹡)
---------------
オムライスを求めて三千里 作:鈴木はるか
毎日毎日同じ事の繰り返し。
資料整理、企画、報告。仕事ってなんでこんなにつまらないのだろう。
僕が会社員に向いていないのか、会社が僕を歓迎していないのか、
どっちなんだろう。
もう、そんなことなんてどうでもよくなってしまう。
学生時代、社会人として働くという行為は、
もの凄く崇高な物だと考えていた。
バイトをしている最中も「バイトだから」と勝手に敷居を作り
社会人との差別化をしていた。
だが、実際社会人になってみると、働いてお金をもらう行為に
違いなどあるはずが無かった。
何はともあれ、会社が働いた分だけ自動的にお金をくれるのは
ありがたい話である。考えただけでも悍しいが、自営というものは
想像もできないほど大変だろうと思う。
経営者はきっと、人間自体も良くできた人なのだろうと尊敬する。
気がついたら、頭の中は会社や今の生活に対しての不満で埋まっている。
もっと人生を楽しめたらいいのにと思う。
入社して10年も経てば中堅と言われるらしいけど、
僕には目立った才能も無い。他人を引きつける魅力も無い。
このまま給料だけもらって、穏便に生活したい。
「鈴木君、ちょっといいか」
「はい課長、なんでしょうか?」
ああ、面倒くさい。正直、この課長は好きじゃ無い。
以前読んだ心理学の本では、自分が嫌いな相手は、
相手も嫌っていると書いてあった。きっと、課長は僕の事を
嫌いなんだろうな。
「鈴木君、非常に重大な問題が発生した。すぐ会議室に来るように」
「あ、はい、分かりました」
なんだろう。あの課長が、珍しく慌てている。
いつもは、放任なんだか関心が無いのか分からない人なのに。
僕は、木製の重たいドアをノックして会議室にはいった。
中には、コンサル会社とおぼしき人物が2名と課長がいる。
3人は、平たい机に向かい合わせに座って、お茶を飲んでいるが
辺りは、重苦しい空気に包まれていた。
「私、ネットワークコンサルタントの橋本といいます」
ネットワーク屋が何しに来たんだろう。定型的な挨拶が終わり
2対2の会議となった。課長は頭を抱えている。
まず、無言の均衡を破ったはのは課長だ。
「鈴木君、大変な事になった。情報漏洩という奴だ。
顧客情報が外部に流出した」
顧客情報の漏洩?言っていることは理解できるが、
セキュリティ施策はちゃんとしているし、何かのミスをしない限り
簡単に漏洩などすることはない。
「まず事実と経緯を教えて下さい」
僕は、課長とコンサルタントに経緯など聞いた。
コンサル会社は、ここぞとばかりに社内の問題点を指摘した。
何事も、人に文句を言うのは楽しいに違いない。
顔はまじめだったが、内心喜んでいるかのような口調である。
しかしよく聞くと、ネットワークのファイヤーウォールや
サーバの設定など何一つとして問題は見つかっていない。
社内の何者かがウイルスを持ち込んでパソコンに感染、
その後ウイルスはサーバーのデータを自動収集して
外部に送信したという流れらしい。
社内の規定では、USB禁止で抑制ソフトも標準実装なのに、
一体どこからウィルスが侵入したのだろう。
あ、ひとつあるか。考えられるのは、メールくらいだな。
メール?そういえば数日前、ウイルスゲートウェイ(怪しいメールを
事前にブロックするシステム)をすり抜けて、
スパムメールが来たのを覚えている。
僕は、実行形式ファイルだったので普通に開封もせずゴミ箱に捨てたの
だが、あれをだれかが実行してしまったのか?
「侵入経路はメールですか?」
僕は、冷静に質問してみた。コンサルはすぐに答えた。
「はい、そのルートが濃厚です。既に5名が受信したのを確認しています」
ご、5人?異様な少なさに驚いた。ま、まさか、この部署に標的型なのか?
「5名って少ないですね。もしかして標的型?」
このとき、コンサルタントは課長をジロリと見て、再び僕の方をみた。
そして、コンサルタントは口を開いた。
「これだけの情報で、お詳しいですね。結論から申し上げますと、
鈴木さんのPCからウイルスが発見されました」
コンサルタントから発せられたこの言葉に、
身の毛の弥立つような恐怖感が襲った。
人間が突拍子のない事態に遭遇すると、固まってしまうというのを
聞いたことがあるが、まさにその通りだ。身体は全く動かない。
なに?なんて言った?
僕のPCからウイルス?
なんでそんなことに。
何でそうなったのか、ゆっくりと頭の中で記憶をさかのぼっていった。
でも、先日のスパムメールは開封もしてないし、思い当たることは
何一つない。
「ど、どうして僕が・・・」
「調査の結果、鈴木君が原因ということは確実なんだが」
課長は、何を言っているの?こういうときに弁解もしてくれないの?
何かしらの証拠があるのでこう言っているのだろう。
しかし、こういうときに課長というのは部下を
守ってくれるものじゃないのか。
いや、そんなのは甘えているだけだ、悪いのはきっと僕だ。
もうどうでも良くなった。
その後コンサル会社が会議室から退室し、課長と二人になった。
この静寂な雰囲気から開口したのは、課長からだ。
「鈴木君、私は部門長に今回の件をそのまま報告する。
このあとの処遇は、君なら分かるね?」
「はい、クビですよね」
「君のクビなんかどうでもいい、私はどうなるんだ、
君の課長だぞ、私の責任は免れない」
どうやら、オオカミが牙をむいた。ことの重大さより自分の保身か。
所詮この程度の人間だった訳だ。
ついでにカマをかけてみよう。
「課長、僕のPCの情報をみて、ウイルスがどこから感染したのか、
調べてもいいですか?」
「君はバカか、コンサル会社に来てもらって調べてもらったんだ
素人が余計なことをするな!」
僕は、課長の目が泳いでいたのを見逃さなかった。
これ以上何を言っても無駄だろう、流れに従うしか無い。
「分かりました」
僕はうつむいたまま、ぽつりと言って、
流れに刃向かわない意思を示した。
「善処はするが、期待しないでくれ」
僕は返答する言葉も無いのでそのまま
「はい」
といった。
課長は「うちの会社は一部上場企業だよ、君には系列会社に
格段の配慮をしよう」というが、格段の配慮ってなんだろうなあという
疑問しか沸かない。他人に責任をなすりつけるのを格段の配慮だという
のだろうと心の中で揶揄していた。
僕は、はっきりと「遠慮します」といって退席した。
冗談だろ。このウィルス騒ぎ、きっと僕ではないだれかが感染して
僕が責任を負わされたにちがいない。5人のうち一番セキュリティの
危機意識が無いのは課長だ。彼は実行形式があったら、そのまま実行し、
リンクがあったらそのままリンクをクリックする人物だ。こんな人が無事で
僕がウィルス感染者?少し笑えるが今となっては、どうでもいい。
僕は、会社をクビになり連日TVのニュースでは、僕が勤めていた会社が
クローズアップされている。不幸中の幸いかもしれないが、
会社から損害賠償を請求されることもなかった。
僕は、会社の寮を抜け出した。
家族や親戚は、寮しか連絡先を知らないので
きっと行方不明扱いだな。
手持ちの数万・・・。こんなので生きていけるのだろうか。
職業安定所にもいってみたが、何をしたいわけでもない僕は、
再就職先は、見つからなかった。もう、生きていても仕方ないかなんて
思うようになってしまった。
一週間も何も食べてない。動く気力もない。
このまま、苦痛なく死んでしまいたい。
僕を育ててくれた両親、母親には生んでくれてありがとうといいたい
親より先に死ぬなんて、これ以上の親不孝はないと思う。でも、もう・・・
路上に座り込んで、動かなければ
終われるかな。
「おい、にーちゃん」
遠くから声が聞こえた。
見たところ50台後半の男性で、和食調理人の格好をしている。
「にーちゃん、人の店の前で嫌がらせかい?」
僕は、ちいさな声でつぶやいた。
「僕、もう死にたい・・・」
「ばかやろ~~~!!
わけーもんが、その言葉を軽々しく出すもんじゃねえ」
僕は、目が覚めた。
「は、はいすいません」
「おめー、お腹すいてんじゃねーか?」
「はい、とっても」
「じゃ、新メニューをただでくれてやる。店にはいんな」
「僕なんかに?」
「ばかやろ~~~!!
男が自分を卑下したり女々しいことを言うんじゃじゃねえ」
「ごめんなさい」
「よっしゃ、気に入った、早く中にはいれ」
僕は言われるまま、和風の定食屋さんのような店の引き戸を
ガラガラを引いた。のれんには”お食事処 若葉”と書いていた。
僕は、席に座り手際よく調理をするオジさんに見とれていた。
ま、魔法だ。僕は小さな時にみたアニメを連想した。
「にーちゃん、感想聞かせてくれ」
テーブルの上には、黄金色に輝いた楕円形で丸みを帯びた物体に
真っ赤なケチャップがかけられていた。これは、オムライスだ。
ふわっふわで、皿の上に乗っているのに気持ち
揺れているようにも見える。芸術的と言っていいほどの出来映えで
よく楕円形を保っていると思う。
観察しているより、早く口に入れたい。
僕は「いただきます」と手を合わせ、スプーンを手に取り
中にあるであろうケチャップライスめがけて一気に掬った。
上部は、厚いとろとろの半熟卵になっていて、上から流れ出てくる。
我慢出来ず口の中入れたその瞬間、体験したことも無いような
電撃が体中を走った。
なんだこれ?
アニメ幸腹グラフィティより引用
「にーちゃん、どうなんだ?うめえか?」
いままで、もやもやしていた気持ちまで一気に吹っ飛び
からだ全体が幸せな気分になってきた。僕は一口目をずっと咀嚼しながら
この感覚を味わい続けた。
「はい・・・幸せです」
僕は、そのまま口に出していた。
「はぁ?にーちゃん何いってんだ?」
夢中で残りを食べて、周りも見えていなかった。
気がついたら、おやっさんが心配そうな顔で見ていた。
「とっても、美味しかったです。ごちそうさまでした」
と言って手を合わせた。
「そうか、どんな風に美味しかったんだ?」
おやっさんに、美味しさは伝わってないと思う。
僕は、素直に思ったとおり
「幸せになるくらい美味しかったです」
と伝えたが、やはり首をかしげている。
「まあ、落ち着いたところでアレだ、
ごちそうしてやったんだから、約束を守ってもらうぞ」
なんだろう、悪い人?
「おめー、さっき言ってたこと、もう死ぬまで絶対に
言わないと誓えるか」
さっきって、死にたいと言ったことだろう。
意識がもうろうとして出た言葉だったが、人生で初めて人に
言った気がする。思った事は何度もあったが、口に出して
言ったのは、やはりはじめてだ。
「は、はい。誓います」
「よっしゃ、いい目になったな。」
おやっさんは、お茶を出してくれて、僕に話しかけた。
「おめー、仕事は?」
「この前まで働いていたんですが、クビになりました」
「そーか、余計なことを聞いて悪かったな、
俺の知り合いは料理人しか居ないが、働く気はあるか?」
「僕なんかが、働ける場所があるんですか?」
「ばかやろ~~~!!そんなんだからクビになるんだ
男なら、もっと堂々としてろ」
おやっさんの”渇”は、何か僕に元気を与えてくれる。
おやっさんが、何か話したそうにしている。
「俺な、店たたもうとおもってんだ。でもおめーみてーな
わけーもんが、美味しいって言って食べる姿見ていると
店を軽々しくたためなくてな」
こんな美味しい物を作れる料理人が、なんで店をたたむのだろう。
どんな事情があるのか、少し興味が出てきた。
「なんで店をたたむのですか?」
「いや、ちょっと日本全国の旨い物を食って見たくてな。
若い頃は、それこそ料理を作るしか脳のない人間で、
にーちゃんみたいに料理を食べて幸せになれる?なんて思った
こたー無かったんだ。だから、全国の旨い店を放浪するのが夢なんだよ」
うわ、しっかりと自分の夢を持って、輝いているなあ
この人の料理が美味しいのが分かる気がする。
「夢は、実行しないと夢で終わりますよ」
我ながら出過ぎたことを言ったと思った。
「ばかやろ~さっきまで死にてぇとか言ってた奴に言われたくないわ」
「す、すいません」
「まあいいや、おめー、人と接するのが上手だと思うぞ。
今紹介してやるから、この店に行ってみな。
最初は料理なんてさせて貰えないと思うけど
俺の紹介なら、ちゃんと仕込んでくれるぞ」
「あ、はい」
僕は紹介状を握り、そのレストランに行ってみた。
ていめいけん・・・そのお店は、どこかで聞き覚えがあった。
そして、その場所に行ってみると、唖然とした。
ここは、超有名なオムライスの洋食屋さん・・・あのおやっさん
何者?とても信じられない。
僕はおどおどしながら、店長と面接した。
「鈴木遥といいます」
「きみか、あの人の紹介で来たというのは」
「あ、はい」
「君は、何者なんだい?」
それは、こちらの台詞だ。なんでこんな有名店を定食屋のオヤジが。
「いえ、普通の会社員をクビになった人間です・・・」
「なるほど」
なにが、なるほどなんだ。よく分からないが、
せっかくおやっさんが作ってくれたチャンスなので、
ちゃんと生かさなければと思う。
「それで、僕みたいな人でも大丈夫なんですか?」
「はい、あの人の紹介とあれば断れば殺されます」
この人何かにこやかに、ひどい言葉を言っているよ。
【5年後】
修行は辛かったけど、独立までさせてくれて、本当に
ていめいけんのオーナーには、感謝したい。
僕は、小さな洋食屋で料理長として経営を始めた。
そんなある日の事だった。
「シェフ、あれはミシュレンの調査だと思います」
僕の配下の料理人は、会計を終えて出て行った調査員を
店の外に出てからもジロジロ見ている。
「ああ、これで3回目だな」
僕は冷静に、タイヤメーカーの職員とおぼしき人物を
見ていた。すると、一度会計を終えて出て行ったのに
また店に戻ってきた。
「すいません、私はミシュレンの調査員です」
「ええ、気付いていましたよ」
「うわ、やっぱりですか?有名店でも気付かれる事は
殆ど無いのですがね・・・」
「いや~、隅々までメニューを見る姿や、注文するアルコールや
ウェイトレスを観察する姿を見ていると気付きますって」
「流石、鈴木シェフですね。厨房の中から見てたのですか?」
「もちろんです。顧客あっての商売ですから、美味しかった
美味しくなかったなどは、食べたときの顔をひとりひとり見ていますよ」
「なるほど、やはり先発2組の報告通りでした。この喫茶ユーを
一つ星としてミシュレンガイドに載せても構わないですか?」
「もちろん構いません。ですが喫茶Youはユーではなくヨウと呼びます
これは遥の音読みです」
「なるほど、それは失礼しました。鈴木シェフの名前の音読みですね」
「そうです」
「次回、写真撮影やその他の打合せをさせていただきます」
「はい、ありがとうございました」
さらに【2年後】
「おい、西野!!」
「はいシェフ、なんでしょうか?」
「おまえ、Youを守ってくれるか?」
「といいますと?」
「僕は、しばらく店を出て日本を放浪したいんだ」
「はあ」
「西野には、僕が帰ってくるまで、Youの経営者になってほしい」
「シェフ・・・いつも言うことが突拍子も無いですね」
「ははは、じゃYouを頼む」
僕は、Youを一流店にしたと自負したので、おやっさんを
探す旅に出た。なにせ、ていめいけんの創始者だったとは思わなかった。
とんでもない人だったんだ。あのおやっさん。
でもなんで、す~って切って中からあふれ出るオムライスに
しなかったのだろう。
そんな事はどうでもよく、ここまで僕を育ててくれたのは、
すべておやっさんの好意だったからだ。
もう一度こころからお礼を言いたい。
絶対に探してみせる。
「よし、おやっさんのオムライスのように
人生を幸せにしてくれる料理を探すぞ!!」
僕は、気合いを入れて全国行脚のたびにでた。
そんなある日、小さな洋食屋さんで
ていめいけんに似たオムライスを発見した。
「うわぁ、このあふれ出る半熟とろとろのオムライス、
素晴らしいです。」
僕は店長に褒め言葉を伝えた。すると店長は
「これ、60行かないくらいの初老の客のオジサンが
作り方を教えてくれたんですよ」
とニコニコしながら僕に話した。
これは、もしかして?
僕は、オムライスを一口含んでみた。
その瞬間、あのときの感覚がよみがえった。
「幸せだな。僕はオムライスを食べている時が一番幸せなんだ」
アニメ幸腹グラフィティより引用
思わず、恥ずかしい言葉をしゃべってしまった。
この店は、間違いないおやっさんの意思を伝授した店だ。
店員が僕に話しかけてきた。
「このレシピは色々な隠し技があって、あの人よく教えて
くれたなあとおもったよ」
僕は、おやっさんをよく知っているので和やかに言った。
「そうなんです。その人は最高の料理人ですよ」
僕は、おやっさんの残した軌跡をたどるのが、
とっても楽しいと思えた。
よし、絶対に探してみせるぞ。おやっさんの行ったところ
すべてを回っても
<オムライスを求めて三千里 おわり>
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各地に弟子を遺し、ミシュレンの星は合わせて10を超える。
そして海を越え成都にて、終生のライバル・麻婆仙人と
相まみえるのであった(嘘
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